試しにアニソンを聞いてみる。

ボーカルの視点から音楽を聞いてみる。今回は紅白記事は書きません/ページ下部でカウンター稼働中。たまに見てみて下さい/・歌手の話まとめ→https://goo.gl/VN63Wb/コンテンツの使用などに関して問題があれば撤去しますのでお伝え下さい。ご連絡はhttps://twitter.com/yfyamvまで

続・ガルパンに見るスポーツマンシップのあり方と、ガルパンを見ていて元スポーツ競技者が感じたこと

www.vmayfy.com

 以前書いたこの記事について、改めて考えさせられることがあったので、今一度筆者の考えをまとめてみようと思います。

 

※※※                                      ※※※

 

 前回の続きからです。

 見方によっては、大洗に所属したみほは黒森峰とのリベンジマッチ(?)で、味方の水没車両を見捨てなかったことによって勝利を得た、言い換えれば、自分の正義を貫徹して勝利を得ることに成功したとも言えるわけでありますが、その行為が戦車道というものに対して何か波及する力を持っていたかというと、筆者は疑問に思わざるを得ません。寧ろあの大洗対黒森峰戦での対応があったことによって語られる、戦車道と向き合う自分なりの方法をみほは得たのだよという制作サイドの物語は、少々都合がよすぎると思います。だって嘗て謎カーボンは破綻していたじゃないですか……。要するに、みほが黒森峰を追われる契機となった戦車の滑落水没事故に対して、みほがどうするのが正解だったのか? そして、みほに対してどのような対応を求めるべきと周りが改めて考え直したのか? これらの点が不明確なまま、軽微な水没事故によって論点がスライドしているように筆者は感じるわけです。

 もし仮にもう一度みほさんが黒森峰を追われるきっかけとなったような事故があったとしたら、みほさんはどう対応するでしょうか? 一次ソース不足の筆者は憶測でしかものを語れませんが、自信をもって滑落車両を救いに行くか、あるいは自信をもって滑落車両を見逃すか……なんにせよ、改めて分かるのは、審判団の存在感が希薄である戦車道の競技性にとって謎カーボンが如何に大きな役割を果たしているかということ(謎カーボンが破綻した瞬間に戦車道は「道」たる資格を失うと思います)と、滑落事故がどの程度の惨事であったかに関わらず、みほさんの対応は正直つたなかったということかなと思います。高校生スポーツにおいて致命的な事故が発生したなら、競技がとまらないはずはなく、そして競技を止める資格を持つものが試合を監視する義務は当然存在し、尚且つ一競技者に過ぎないみほさんは競技を止める権限を持たないことはすぐ分かります。

 ここでもう一度学生スポーツの話に立ち返りましょう。例えばサッカーなら、ボールが鳩尾を直撃して選手が呼吸困難に陥って起き上がらなくなる、ということが稀にあります。その際、即座に試合がとまるかというと、即座に止まることもあれば止まらないこともあります。審判が試合を止めるかどうかの判断基準となるのは、「試合の流れが止まったか否か」です。例えば選手を直撃したボールがフィールド外に飛び出た場合、試合は秒で止まります。あるいは、選手に直撃して跳ね返ったボールをキーパーがキャッチした場合も、秒で止まるはずです。しかし、例えばボールがオフェンス側に渡ってカウンターがはじまった場合、試合は即座には止まらない可能性が高いです。

 改めて黒森峰でのみほさんの立ち回りを考えると、これはサッカーで言う、トラブルが発生したのにもかかわらず試合が止まらないケースに近いのでは? という感じがしてきます。そして、にもかかわらずみほさんは勝手に試合を止めてしまったわけですね。これは確かに怒られるかもしれません。

 そして、もう一つ別のケースを考えてみましょう。一部のモータースポーツにはレッドフラッグという制度があります。これは、車が事故を起こすなどしてコースを遮断したり、もしくはコース外でのトラブルであったとしても、選手が車から自力で降りれない状況になる等致命的な状況が発生したさい、レージングカーは直ちに徐行を義務付けられ追い越しが禁じられると共に、救護の為にセーフティーカーがレーシングカーに交じってコースに入って選手の救護、事故を起こした車体の回収などの作業に当たります。これは試合の流れ関係なしに、揚がるときは必ず揚がります。

 さて、この場合みほさんの判断は必ずしも間違いというわけではなくなると思います。もし仮に謎カーボンの破綻が致命的な事故であった場合、レッドフラッグが上がるべきですね。

 果たして戦車道がサッカーとモータースポーツのどっちに近いかというと、中々判断が難しいところだと思います。チーム対チームの一対一直接対決であるという意味ではどう考えてもサッカーに近いですが、本編で描かれる戦車のトラブルの性質を考えると今度はモータースポーツ的な正確がぐっと強くなると思います。

 もちろん戦車道は戦車道です。ですから、戦車道自体に詳細な設定やマニュアルが存在するようであれば、このような考察は回りくどいだけです。ですが、本編で描かれた戦車道の様子からは、「高校生スポーツ足るべき(安全性や公平性への過剰な考慮が必要)」綿密な設定は視聴している限りでは得難い部分があったのも事実だと思います。

 結局のところ、行きつく先は、戦車の滑落水没事故に係る謎カーボンの破綻がどの程度戦車道の競技性にとって、そして選手の安全にとって致命的であったか? なのだと思います。そもそも選手の安全のことを仮に考えなかったとしても、足場が崩れて滑落するという運の要素の強く、かついかようにも起こり得る程度の出来事で戦車一台をロストしてしまうようなルールは未整備としか言いようがないのも事実なのではないかなと思います。まあそこは、ルールや競技場の整備が悪いのか、それともそんな危ない場所でドンパチはじめようとしてた選手側が悪いのか、どちらの解釈もしようがあることだと思いますので、なんとも言い難いですが……。

 

 そして、もう一つ個人的に気になっているのは、みほさん一人が行った程度で果たして戦車の滑落事故に対応できるのか? という事です。何らかの理由でハッチが外からしか外せない状況になっているとか、あるいはハッチをあけられても、滑落した戦車に乗っていた選手の中に泳げない人が混じっていたとかなら分からないではないのですが……んー。。。。。。

 それらのことを踏まえて強いて物語に還元するとしたらば、みほさんは戦車道というもの自体、あるいは限定するなら、西住流の戦車道の生活や、まほさんの妹としての自分の役回りにあまりいい思いを持っていなかった(から安易に競技をほっぽり出してしまった)ということになるのかも知れませんね。この辺りも、筆者のようにアニメ本編と映画版だけ見てあれこれ言っているだけでなく、設定資料などで一時ソースを豊富に持つ人ならば更に的確な判断ができることと思います。

 ただ、みほさんを援護しておくと、「みほさん一人が行った程度でどうにもならない出来事」であることは、みほさんがつたない行動に出ることを完全に防ぐ理由にはなりませんよね。みほさんにつられて周りの選手も同じ行動に出て円満解決になる可能性が否定できない以上に、仮にあの事故が大きな事故なのであれば、普通の精神性を持っていれば、自分の力だけでは何ともならない事だろうと、指をくわえてみていることなど出来ないはずなのです。

 

 まあ結局のところ、「あの水没事故がどの程度の事故であったのか?」が分からなければ、みほさんが悪いのか、それとも戦車道が悪いのか、どちらとも言い難いということは言えると思いますし、要するにそこが詰まらないと、あの出来事を物語の中でどう解釈するべきなのかが明らかにならない(から、ガルパンは本編だけでは解釈の難しいところのある作品である)、というのが筆者のたどり着いた結論です。一度有識者の見解も伺ってみたいところですね。それでは今回はこんなところで。

beatmaniaIIDXとボーカル音楽との接点について

 歴史に詳しくない私が、無謀にも歴史を語ってみようと思います。

 そもそも音ゲーとは何ぞや? とか、音楽ゲーム全体の歴史を知りたい方は他のサイトの他の記事を当たってみることをお勧めします。

 

 BEMANIシリーズは、私の知る限り音ゲーの黎明期から現在に至るまでの長年にわたって音楽ゲームというジャンルを支えて来た、コナミのブランドです。最大の特徴は、キー音と呼ばれる、ノーツを押した際に楽曲を構成する音の一部が鳴るシステムの搭載にあると思います。(ただしボルテなどは除く)このシステムについてコナミは実はつい最近まで特許を持っていて、それ故にコナミ以外の制作した音楽ゲームはタップした際にクラップ音が鳴るのが一般的だったのですね。

 さて、beatmaniaIIDXやポップンミュージックなどはこのキー音の存在により、様々な恩恵を受ける傍ら、「音が鳴っているところにしかノーツを配置できない」「鳴っている以上の音の数の同時押しを配置できない」等の譜面上の拘束を受けることになります。また、その歴史の長さ故に、ゲームの高難易度化が進み、最近では楽曲自体が「早いテンポで」「複雑な音を叩かせる」ことを前提とした作りになってきています。早い話が、ボーカルという楽器でない音声が主役になるボーカル音楽との相性はそんなに良くないよということです。

 そもそもボーカル音楽において、余り裏で多重にピロピロやりすぎるのは好ましくありません。(ボーカルが埋もれてしまいます)従って、最近は16分の二重階段や二重乱打などがメインパートに配置されることも多いこれらのゲームにおいて、ボーカル音楽の譜面は、殆どの場合16分の単鍵+4分や、4分間隔でなくとも一定以上離れたリズムの同時押しという傾向になります。難易度を取るためにパーカッションの音が集中する箇所に同時押しやスクラッチを配置すると、どうしても4分のリズムが重い傾向の譜面ができるのです。これを私は勝手に「四角い譜面」と呼んでいます。

 ボーカルの扱いですが、IIDXにおいてはクラシック出身であり非常にフォーマルでフラットな歌を歌うJUNを擁するTERRAの抜けた穴がなかなか埋まらなかったように思えます。森永真由美が幅広いジャンルを請け負っていた時代もありましたが、正直空回り気味の歌も多かったなという印象です。他方、星野奏子は上野圭一とのコンビで〇〇仮面シリーズ、TatshとのコンビでSYNC-ANTHEM、YOSHITAKAとのコンビで月光等を歌ったりと、特定の作編曲者との組み合わせて安定的に活躍を見せていたほか、タイトルのコンセプトに合わせた楽曲を歌う等してファンを楽しませて来ました。星野奏子の退社前後から、ボーカル音楽とゲーム音楽のハイブリッドとしてSOUND HOLIC feat.高橋菜々の組み合わせでの外注が行われることが増え、さらに「聞ける」ボーカル曲が増えた他方で、個人的にはボーカル音楽との接点を結果的に同人音楽に絞ってしまうとなると今後の身の振り方に悪い影響が出かねないのでは? という感じがしていました。

 その後登場したのがみんな大好き、ニコニコ的な意味で言う「歌い手」のななひらです。あの歌い方は個人的にはそんなに好きではありませんが、少なくともかめりあとのタッグでボーカル的にもインスト的にも安定的にクオリティの高い楽曲を毎作供給するなど、今現在このゲームにおいて相応の存在感を示しています。

 過去の作品から特に優れたボーカル音楽を挙げるとするなら、個人的にはニーソ姫、Be a Hero!、SYNC-ANTHEM、Amor De Verãoを選びたいです。前二つの楽曲は基本的な構造が、ボーカルメインのパート+ボーカルの合間に細かい音を拾うパート、という作りになっています。その為ボーカルがより鮮明に聞こえ、単純にボーカル音楽として聞いたとき収まりがいいです。SYNC-ANTHEM、Amor De Verãoは少し毛色が違うものの、いずれもボーカルが鮮明かつボーカルトラックの出来が非常に良いと感じます。特にSYNC-ANTHEMは、この歌い手とこの曲からはこれ以上いい音源は取れないだろうと言えるようなエンジニアリングが聞いていてとてもわくわくとさせてくれます。

 最後に、IIDXのボーカル楽曲に今後の課題があるとしたら、それは「もう一人、技術のある歌い手を獲得すること」だと思っています。このゲームのボーカル曲は、王道と呼ばれるR&B的なボーカル音楽からは少しずつ遠ざかりつつあるのが現状なのではないかと思います。その中で、そうした楽曲を歌える歌手が一人加わるだけで、このゲームの在り方自体ががらりと変わるのではないでしょうか。それでは今回はこんなところで。